『CHESS THE MUSICAL』

ちょうど1ヶ月前に大阪で観た舞台です。


      

『CHESS THE MUSICAL』


作曲:ベニー・アンダーソン/ビョルン・ウルヴァース   原案・作詞:ティム・ライス
演出・訳詞:荻田浩一    音楽監督:島 健
出演:安蘭けい石井一孝、田代万里生、中川晃教
KANE LIV、戸井勝海   天野朋子、池谷京子、角川裕明、高原紳輔、田村雄一、遠山裕介、ひのあらた、横関咲栄 / 大野幸人
日時:2015年10月25日(日) 13時半〜
会場:梅田芸術劇場 シアター・ドラマシティ (大阪)



〜冷戦を背景に繰り広げられる 苛酷なゲーム〜



ミュージカル『CHESS』。日本初演
パンフレットによると、この作品は1986年にロンドンで開幕して、その後世界各国で上演されたそうだ。

日本ではコンサート版が、2012年に上演され好評を博し、2013年12月には『CHESS in Concert セカンドバージョン』として再演された。私はこの再演の方を観た。とってもよかった。(その時の感想はここです。)


そして今回、待望のミュージカル作品としての公演が実現。
以前の“コンサート版”もセリフもありストーリーもあり、限りなくミュージカル作品に近いものに思えたのだけれど、それが真正ミュージカル(?)となると、どう違うんだろうか、興味津々どきどきしながら観に行った。


物語は、冷戦時、アメリカとソ連、それぞれの国の威信をかけてチェスの世界大会で闘う二人の男を中心に繰り広げられる。チェスの対戦が国家の代理戦争の様相を呈し、またそのゲームの中で男女の愛憎も絡んでくる。


主な登場人物は、コンサート版と変わらず、世界チャンピオン・アメリカ合衆国のフレディ(中川晃教)、彼の対戦相手、ソビエトのアナトリー(石井一孝)。フレディのセコンド(選手のアシスタント)はフローレンス(安蘭けい)。アナトリーの妻・スヴェトラーナ(AKANE LIV)。そして、舞台の狂言回し的存在であるチェスの審判(アービター)役は、今回新たに田代万里生が演じた。


前半部のざっとしたあらすじは‥(以前観たコンサート版の観劇ブログより引用↓)
“フレディはチェスの天才だが、エキセントリックな性格。彼のセコンドであり恋人でもあるフローレンスを振り回してしまう。ハンガリー出身のフローレンスは、幼い頃ハンガリー動乱で家族と離れ離れになっている。チェス世界大会にはマスメディアも押しかける。アメリカ・テレビ業界のウォルター(戸井勝海)は実は政府の手先だ。世間の注目を浴びるフレディは感情をコントロールできない。試合も放棄してしまう。そんな彼に距離を感じ始めたフローレンスは、敵であるアナトリーと惹かれ合うようになる。アナトリーには故郷に妻子がいるのに。複雑な政治状況の中、人間関係も一筋縄ではいかなくなり、そして一年後、また世界大会の日がやってくる‥。”


コンサート版 vs. ミュージカル版


ドロドロの人間関係、チェスというゲームに国家権力が介入し、それに翻弄される人々‥とテーマは重いが、舞台自体は洗練されていて透徹した空気が張り詰めているのは、コンサート版からそのまま引き継がれている。では、どこが違うのか。


まず、舞台セット。オーケストラピットが舞台上にあり左側1/3くらいを占める。その右側に階段。その右は広いスペース。階段の上の2階部分も人が行き来するスペースで、オケピの上あたりはバルコニーのように突き出ている。抽象的な舞台装置。白黒マス目のデザインがところどころに。(美術:二村周作)

オケピが舞台の上にあったので演奏者が見えたのは嬉しかった。が、その分、演技の空間が狭くなり、話のスケールが大きいだけに、初めは舞台が少々窮屈に感じられた。(しばらく観ているうちに慣れた。)


と、まぁそれはさておき、何が前回と違うといって、登場人物の登場シーンを端折っていないところでしょうか。

世界チャンピョン・アメリカのフレディ(中川晃教)とセコンド兼恋人のフローレンス(安蘭けい)。
ソビエトのアナトリー(石井一孝)と彼の妻スヴェトラーナ(AKANE LIV)。

あろうことか、フローレンス・安蘭とアナトリー・石井一孝が心を通わすようになる。その場面を階段の上からフレディ・中川晃教がじっとりした視線で見ている。或いはアナトリー・妻AKANEが脇で佇んでいる。
演技をしているのは2人でも、空間上に三角関係、または四角関係が浮かび上がって、人間臭さが出た。緊迫度が上がった。それぞれのキャラクターもよりくっきりとなった。

また、盗聴場面やチェスのロボットも登場、今の現実世界と重なるような感覚になった。


出演者たちの冴えわたる歌声



当たり前といえば当たり前だけど、皆さん本当に歌が上手で、コンサート版の時もよかったが、更に締まってよかったと思った。全員、歌が素晴らしいからこそ、話の筋が入り組んできても、舞台の力で引っ張っていけるんだと思う。


数々の歌の中でも、やはりまた中川晃教演じるフレディの“Pity the Child”に心を鷲掴みにされた。一曲だけでフレディの半生が伝わってくる。幼少期の両親の離婚、チェスを武器に孤独の淵から這い上がってきた凄まじい生き様。静かに歌っていたかと思ったら、その歌声は爆発して劇場中を覆った。それに加えて、ミュージカル版では階段を上がって中くらいにいる彼に、曲に合わせて赤い光、紫の光を当てて、更に迫力アップ。この曲がなかったら、フレディはただの傍若無人な変人に見えるだろう。一人の人間の内面がさらけ出され、胸が揺さぶられた。(私が晃教ファンということを差し引いてもこの迫力はすごかったと思う。隣席の女性も涙を拭っていました)



1幕目〜白いワイシャツ、2幕目〜黒のスーツのフレディ・晃教に対して、アナトリー・石井一孝はグレーのスーツ。終始紳士的。妻と恋人の間で揺れ、国家と国家の間で揺れているはずなのに、迷いを表面に出さない。抑制した演技が大人の魅力。歌はクラシック風なかんじが多く、優しい声ながら力強く歌い上げる。


妻スヴェトラーナ(AKANE LIV)と新・恋人フローレンス(安蘭けい)が、アナトリーはあんな風だから‥でも、「彼は彼」と、二人で歌う場面がある。妻と恋人にデュエットさせるなんて考えてみたら残酷。でもAKANE LIVと安蘭けいのデュエットだから贅沢。

フローレンス・安蘭けいは1幕目〜黒のパンツスーツでスタイリッシュ、2幕目は白いワンピースが膝丈で、足が細くてきれいだった。女性らしいのに男前で、すっきりしている。荒くれ者のフレディ・晃教に尽くしている前半は、彼女でなかったら“だめんず”になってしまうところだ。敵のアナトリー・一孝に惹かれていくのも自然でいやなかんじがしない。歌声ももちろんいいが、ファルセットが本当にきれい。
散々運命に翻弄される役どころのなのに、気高さは1ミリも傷ついていない感あり。そういう意味では、この物語の主人公はと考えたら彼女かもしれないと思う。


妻スヴェトラーナを演じたAKANE LIVも魅力的だった。コンサート版では、前半は、妻役ではなくアンサンブルで参加していたが、今回はフルタイムで“妻”。舞台のどこかにひっそりいたり、静かに歩いたりして、存在をアピール。フローレンスに惹かれていく夫に“なんで?なんで?”と歌うアルトの声がいい。彼女も湿っぽくはなかった。


今回、新しくアービターを演じた田代万里生。若々しく力強い。芯が太い歌唱。クラシック風の曲だけでなく、ロック風な曲もいけることがわかったのも収穫。感情を排した審判役を瑞々しく躍動的に演じた。コミカルでもあった。舞台のアクセント的な役割を果たしていた。

そうそう。
コンサート版から引き続き“チェスの精”を演じた大野幸人のキレのあるダンスも健在だった。


前回のコンサート版でも『CHESS』の世界は充分に構築されていると思ったのだが、ミュージカル版を観ると、人物像、人間関係、社会情勢がより立体的に感じられた。作者ティム・ライスのインタビューがパンフレットに載っていたが、この作品は過去何度も上演されたものの、まだ“決定版”が出ていないらしい。ということは更に進化する余地があるということか。何だか空恐ろしくもあり楽しみでもあり。舞台は生き物なのだなぁと感じ入った。