ミッション

そうこうしているうちに、劇団結成10年目の「イキウメ」から、11月〜12月公演お知らせのDMが届きました。
これは6月初めにみたお芝居です↓




『ミッション』



劇団「イキウメ」
作:前川知大 演出:小川絵梨子
出演:浜田信也 盛 隆二 岩本幸子 伊勢佳世 森下 創 大窪人衛 加茂杏子 安井順平
   /太田緑ロランス 井上裕朗 渡邊 亮


日時:2012年6月9日(土)18時〜
場所:西鉄ホール(福岡)



〜ひねりの効いた家族物語〜



ミッションの意味とは


劇団「イキウメ」は、2,3年前に初めて観てから、もう何回目だろうか。日常から一歩軸足をずらしてみたら‥というような世界が描かれ、今までは人間のなりをした座敷童子や宇宙人が出てきたりした。しかし決して荒唐無稽な舞台ではなく、今私たちが生きている現実ごと、ずずず‥とずれていって、いかにも起こりそうなシチュエーション。なので今回は何が出てくるんだろうと思っていたら、登場したのは“ちょっと変わったおじさん”だった。それは専業主夫・怜司。人と話していても、ふぅっと太極拳のような動きをしたりする。奇妙。本人によると世界からの「呼びかけ」に応じてそんな動きをするのだとか。

ある地方都市に住む、ある兄弟。優秀な弟・神山清己(渡邊亮)は、商社勤務で“上から目線”のイヤな奴。人のいい兄・清武(浜田信也)は父の町工場を継ぐべく修行中。弟・清己がひょんなことから怪我をして入院するところから話は始まる。治療のため会社を休んだせいで、社内の花形的な仕事からはずされ自暴自棄になる清己。周りは慌てるが、彼の叔父だけは泰然としている。そして、そんな仕事なんかより“本当の仕事”=“ミッション”(自分に与えられた使命)を教えてやるという。

その叔父さんこそ、専業主夫の神山怜司。彼の人を喰ったような言動が可笑しい。怜司役の安田順平は、いつもながらの脱力系の飄々とした演技。黒縁眼鏡の奥の目は、本気なのか冗談を言っているのか。何の脈略もなく手を振ったりあげたりするのは、世界からの「呼びかけ」に応じてのことで、そうすることで世界のバランスを保っていると主張。それこそが彼の“ミッション”なのだ。ちなみに家事も家の「呼びかけ」に応じて、その時々で炊事、洗濯、掃除を行なっているという。

そんな調子だから、人と言い争いになった時は、噛みあわないやりとりが笑いを誘っていた。詭弁を弄するというか、彼の言うことは常識から考えるとばかげているのだけれど、心情的に全否定できない。あまりにも平然と言い放つからだろうか、迷信めいたことを実行するのは気持ちがわかるところもあり、なんというか憎めない。怜司が、自分を師と仰ぐ若者たち(大窪人衛、加茂杏子)と、公園で「呼びかけ」に応じるレッスンをしている場面があるが、三人が真面目に妙な緩い動きをしていて滑稽だった。


怜司には兄がいる。神山司朗(井上裕朗)。清武と清己の父親だ。やがて彼ら親世代の兄弟の確執に話が及んでいく。また怜司の教え子の一人が「呼びかけ」に忠実になり過ぎて暴走し始め、舞台は緊迫度を増す。

シニカルな流れのなかでもユーモアがあり、まぁそれはブラックユーモアであるのだけれど、そして世界を揺るがすような緊張感がある。何かを突きつけられる。だが殺伐としているわけでなく照明のほどよい暗さのせいか親密な雰囲気。私はこの劇団のそういうところが好きなのだが、今回もその良さは健在だった。



そこに描かれているものは


セットもいつものようにシンプル。舞台上に右から左に緩やかに傾いている低い床がある。その後ろ、またその後ろにも床は続いていて、前から見ると幅広のジグザグで、後ろにいくほど高くなっている。また、ところどころに人間の背丈より高めの細い金棒が立っている。主なセットはこれだけ。あとは場面によりテーブルや椅子、ベッドが出てくるくらい。だが傾斜のある床は立つ位置によって微妙な遠近感が出る。冒頭、客席が明るいまま右奥にホームレス(森下創)がふらっと現われ、とぼとぼ歩き出し、次第に客電が落ちていったのだが、そのとぼとぼ歩きにも遠近感効果が出ていた。 
また、細い金棒は、場面転換の時、役者自身が引き抜いて違う場所に突き刺していた。それにより公園、病院、家の中‥と場所が変わるのがわかる。シンプルだけど工夫され洗練されている。(美術:土岐研一)


劇団「イキウメ」は、SFやオカルトの要素をとりいれた作風に特徴があると言われている。しかし私はそう言われるまで、そのことに気づかなかった。ことさら異界が強調されるわけでなく、自然に話が進むからだろうか。(それとも私が鈍感なのか、はたまた、こういう世界に親和性があるのか) 確かに今まで私が観た作品だけを考えても、アイデアはなかなか奇抜だが、そこに描かれているのは人間自身そのもの、ちょっと磁場の違う世界で人はどう振る舞うのか、そちらに重点がある。
今回も、鼻持ちならない男・清己が怪我で入院という一つの事件から、父・母・兄、そして叔父・その妻、病院の向かいの部屋の患者‥と波紋が広がり、人間関係の過去・現在があぶり出され、彼らがどう対応していくかが描かれていた。いつもより人間ドラマの側面が強い‥というか、ありがちな家族の話なのだが、イキウメ風に味付けするとこうなるのか、と思った。
ラスト近く、登場人物たちのジャケットやシャツが色とりどりになっていて虹色っぽかったが、こういうところに前向きな空気を感じた。(そこを含めてそういう空気をはっきり出すのは珍しいと思った。個人的な感想ではこれ以上あからさまに前向きな感じを出したらお芝居のバランスが崩れてしまうギリギリのラインだったと思う。自分の趣味からいうと、ぼんわり前向きな方が好きで‥って重箱の隅をつついてすみません)


ところで、いつも劇団の“作・演出”を務める主宰者の前川知大氏だが、この公演では、演出は外部から招かれた小川絵梨子氏だった。演出家が変わったことでの変化はあったのかもしれないが、素人目にはわからなかった。


以前からそうだったが、役者たちはみな達者。初めてお目にかかる出演者も三名登場したが、どの人もセリフがしっかりしていたし、役に合っていた。


おなじみのメンバーでは、医者と清武の友人・片倉肇の二役を演じた盛隆二。医者の方は今までの役から想像できたが、おちゃらけの度が過ぎている友人役の方はタガがはずれたところまでいっていた。悪ふざけがエスカレートし収拾つかなくなるシーンはハラハラした。全く違う二役を違和感なくこなしていたが、友人役のはじけっぷりに驚き。

そして、清武・清己兄弟の母親役の岩本幸子。仕事上の挫折からやけっぱちになっている清己に両親が説教している場面。“おまえも何とか言え”と夫から言われた母役・岩本幸子は「あのね、お母さんね、‥」と唐突に自分の悩みを語り始めた。なぜ、ここで?? でも、真剣に話しているだけに、笑ってしまう。彼女には、大真面目に言っているのにどこか突き抜けていておかしいところが時々ある。それはイキウメのお芝居の持ち味にも通じているような気がする。