“光の旅 かげの旅”の近況

光の旅 かげの旅 (絵本の部屋―しかけ絵本の本棚)



「光の旅 かげの旅」という絵本がある。白と黒だけの絵のシンプルな本だけれどもちょっとした仕掛けがある。
明け方、家を出て、畑、山、海岸を通り街へ行く。最後のページに辿りつくと「太陽がしずんだ。本をさかさまにしてごらん!」とある。言われる通りに本を逆にしてまたページをめくっていくと(つまりさっきと反対にページをめくっていくと)街から家に帰るまでのお話が始まる。モノクロの同じ絵なのに行きとは違う夜の光景。読んでいると大人でも、おお〜と声をあげたくなる。
上下反対にしたら違う絵に見えるものは、だまし絵といわれるものだろうか。
(『光の旅 かげの旅』アン・ジョナス/作 評論社 1984年)


この四月に異動で職場が替わり二ヶ月半余り。この絵本のことを思い出した。本を逆にして新たにページをめくり始めた感覚。同じ組織でも部署によってこんなにも違うとは。変なたとえかもしれないけれど、当初は白が黒に、黒が白に裏返っていくようなカルチャーショックだった。


やはり四月に始まったNHK連続テレビ小説あまちゃん」を毎日楽しみにしつつ、新しい環境にどうにか体が慣れてきた頃、今度は「戦後史の正体」という本を読んで、頭の中がぐるぐるになった。

あ、「あまちゃん」は官藤官九郎・作&脚本。毎日クドカン・ドラマが堪能できるとは、ファンにとってはゼータク。しかも、あの豪華キャストで。


でもって、「戦後史の正体」だ。(『戦後史の正体』孫崎享/著 創元社 2012年)
帯の惹句は「元外務省・国際情報局長が最大のタブー『米国からの圧力』を軸に、戦後70年を読み解く!」。中身はその通り、戦後日本の外交と政治を、アメリカから加えられる圧力に対して、抵抗して主張する「自主」路線と、その反対の「追随」路線、二つの路線のきな臭いせめぎあいを詳細に記したもの。


この国で馬齢を重ねながら、この分野の知識は断片的である自分が恥ずかし。(という言い回しは馬に失礼かも。)が、しかし、どこまでが自分の知識不足なのか、どこからタブーなのか、どこからが著者の主観的な意見なのか、読んでいて、あれれ、、と線引きが波のように行ったり来たりした。書いてあることの全てを鵜呑みにはできないと思いながら、それこそ白が黒に、黒が白に裏返っていくような感覚。親会社に気を遣う子会社とか、ストックホルム症候群とか、妙な語句が頭に浮かんだり、今まで不思議に思っていたパズルのピースがはまるようなところも感じたり、感想がまとまらない。アメリカの強権性に焦点をあて、それに対して日本国内の歴史を二路線にはっきり分けるのは少々強引な印象もあるし、著者の見解による記述もあるだろうけど、それを差し引いても、日本に原発が導入されるいきさつはショックだった。

しまいには自分が、権力抗争に明け暮れる韓流時代劇ドラマに出てくるような一庶民に思えてきたりもした。


そうこうしているうちに、3月にチケットを取っていた劇団「イキウメ」の公演の日がやって来る。
6月9日(日) 獣の柱-まとめ*図書館的人生(下)-北九州芸術劇場

イキウメのお芝居は、このところ九州に来るたびに観ているし、このブログにもそのたびに書いている。日常から地続きの異界めいた世界が舞台なのだが、白から黒に変わるというかんじではなく、白からグレーになったかなと思っていると、なんとなく現世と違うところにいる、そういう雰囲気だろうか。
幕が開いてしばらくすると、現実世界よりもイキウメの劇空間の方が心地よい、そう感じている自分を発見して、自分のことながら呆れた。今回は壮大なSFものだった。でも、クスリとさせられた。そこがいい。