サムライブルーの料理人

読書の秋です。スポーツの秋。食欲の秋‥
これ全部満たすのがこの一冊。



サムライブルーの料理人ーサッカー日本代表専属シェフの戦い』西 芳照/著 2011年 白水社

サムライブルーの料理人 ─ サッカー日本代表専属シェフの戦い


〜空腹時には、読んではいけないサッカー本〜


サッカーの日本代表チームは、海外遠征の時に専属のシェフが帯同しているそうだ。知らなかった。知らなかった、というより、代表の試合はテレビで観るけど、選手の皆さん、ごはんはどうしてますか?と、考えたことがなかった。盲点。

その専属シェフを7年間務めているのが、本書の著者、“西さん”。
なぜ料理人を目指したのか、代表チームのシェフとなったいきさつなどが、初めの10ページくらいで語られ、後は全篇サッカー日本代表チームとの日々が綴られている。
すなわち、ワールドカップ・ドイツ大会の予選から、ドイツ大会本番、その後シェフをやめるという申出を退けられ、再び次のW杯を目指し、南アフリカ大会本番までのこと。

私個人は、以前サッカーにはあまり興味がなかったが、あの熱風のような2002年W杯日韓大会以来、代表チームの試合はチェックするようになった。だから、読みながら、ああ、あの時‥と追体験しつつ、後半の南アフリカ大会のくだりはとても盛り上った。ブブゼラの音まで耳に蘇った。
それに加えて“突撃!となりの晩ご飯”のような興味を満たすというか、全てが壮大なレシピ本というか旅行本というか、そんな魅力も合わせ持っているのが、この本だ。

あの、決戦前夜のメニューは、すき焼きに、ウナギの蒲焼に‥etc.また別の日にはなごみメニューとしてラーメン。試合後には、甘いものでストレスを和らげるためアイスクリーム。読んでいてお腹がすいてくる。

特に南アフリカ大会の章は、日記形式で朝昼晩三食のメニューが毎日記されているので、それを眺めているだけで食欲が刺激される。ビュッフェスタイルで、味噌汁からパン、魚に肉、パスタ、全て揃っていて、私だったら何を選ぶか迷う。すっかり“食いしん坊万歳”の気分。(選手たちはプロなので、自分に必要なものを計算して選んで食べているのだそう)


代表チーム料理人の仕事は


“腹が減っては戦はできぬ”というけれど、食事はスポーツ選手なら正に切実な問題。
シェフの仕事は栄養素やカロリーを考え献立作成、食材を手配。それを試合の行なわれる海外で、その地の厨房で現地のシェフたちと調理。ことがスムーズに運ぶとは限らず、臨機応変な力量が求められる。

著者は選手がピッチで存分に力を発揮できるようサポートすべく“200%心を砕”いている。食事会場にコンロを持ち込んで、目の前で調理する“ライブクッキング”の導入もその一つ。肉を焼いたりスパゲッティを作ったり、温かいものをできたてで供し、選手とのコミュニケーションもはかる。また、海外でも普段通りのものを食べたいという要望に応え、もずくやとろろ、『きゅうりのキューちゃん』に至るまで準備する細やかさ。
食堂での選手や監督、スタッフたちの様子が伝わってくるし、料理の湯気まで見えるような気がして、またまたお腹がすいてくるのだ。


あれだけの男たちの大所帯なのだから、食材の“お買いものリスト”も半端ではない。
2010年W杯前、日本から送る物、現地・南アフリカで調達するもの、と、分けてリストが作られているが、醤油やみりんが、なんと現地リストに入っている。ほかにも「赤味噌25kg、‥豆腐150丁‥etc.」 アフリカで?豆腐?150丁?

和食が欧米をはじめ世界に行きわたっているのは、実は日本のある醤油会社が海外市場開拓の努力を半世紀前から行なってきたことが寄与している、と著者は推測している。深い。どこの家庭の食卓にもあるキッコーマンが、何十年も前から海外出張していたとは。

‥と、このようにスポーツ海外文化、そのあたりの領域を行きつ戻りつしながら、ページをめくっては発見し感心。興味が湧いた人は是非手に取って読んでみてほしい。


躍進の陰に“用意周到”


そして、もう一つ感心したことは「高地順化」
南アフリカ大会では、標高1400〜1500mの高地で行なわれた試合がいくつかあった。それに備えて岡田監督は前以て手を打っていた。高地で選手が十分に力を出せるように、事前に身体を馴らしておくために実施することを「高地順化トレーニング」というそうなのだが、専門家に対策を依頼し、代表メンバー決定前の段階から準備開始。検査とトレーニングを重ね、高地対策としてスイスで合宿を行なったという。もちろん、高地順化を促すための食事メニューも練られ紹介されている。

確かに南アフリカ大会では、日本の選手たちは90分走り通しで運動量が落ちなかった。それは素人目にもすごいと思った。
それにはこういうワケがあったのかと合点がいった。世の中では“今回のW杯はだめなんじゃないか”と言われていた時期に着々と準備をしていたのだ。おみそれしました。
「『これ以上できないというくらい完璧な準備をして南アフリカに乗り込みましょう!』」全てのスタッフがそう声をかけあっていたという。ピッチでの選手たちの煌めきは万全の支えがあってこそだったのだと思った。


アジア、ヨーロッパ、アフリカ、遠征で訪れた先で、レシピを教え合うなど各国のシェフたちとの交流も面白い。そこで、問題。教えてほしいと言われた日本食第一位は? 答えは‥ ‥ 照り焼きのたれ。なんだか庶民的でほっとする。

巻末付録は、家庭でもできそうな「親子煮」や「肉じゃが」などの「西流最強レシピ」だ。