映画「ちづる」

『ちづる』

赤崎正和(*1) 監督作品
製作:池谷 薫(「蟻の兵隊」「延安の娘」)
配給・宣伝:「ちづる」上映委員会
2011年/日本


映画「ちづる」公式サイトhttp://chizuru-movie.com/



〜光あふれる くすぐったい家族映画〜



大学の卒業制作でつくったドキュメンタリー映画が、劇場公開へ。
何紙かの全国紙「ひと」欄〜ある人物を紹介する囲み記事欄〜で、その監督が紹介されている。関東の地域のTVニュースでも取り上げられているそうだ。

素晴らしい。
何を隠そう、その監督の母・久美さんは学生時代からの私の親しい友人で、息子の正和氏(以下カズくんと呼ばせてください)は生まれた時から知っている。

おにい(=カズくん)が卒業制作で家族を撮ることになった、カメラで撮られた自分(=母・久美)は口が「へ」の字になっていていやだ。以前そういう話は聞いていた。

それがもう次の時点では一足飛び。今年1月「自閉症の妹を主人公に 映画『ちづる』を撮った立教大生」として、朝日新聞「ひと」欄にカズくんがど〜んと載り、映画の完成とその評判を知ることとなったのだ。

すごい。でも、作品を観るのはどきどきする。でも観たい。
その念願がかない、8月の終わりに内輪向けに試写会めいたものがF市某所で開かれた。



私にとっても見慣れた部屋が主な舞台(上京の折はしょっちゅう、お邪魔&宿泊させていただいていました)。そして知り合いの日常が映画になり、そのまんまスクリーンに大映しされる不思議さ。

そのせいもあるかもしれない。
とても眩しいフィルムだった。
身内のような気持ちで観てしまい、照れ臭さもある。

映画は赤崎家(*2)の一年を追っている。トイ・プードルが新しい家族の一員としてやってきたり、ちーちゃん(=ちづるちゃん)がおこづかいのことで母親ともめたかと思うと、今度は長男カズくんが進路のことでお母さんとバトル。そんな一年。その間ちーちゃんを軸に母と息子は対話を続けている。



ドキュメンタリーというものは、ノンフィクションとはいえ演技がかっていたり作っていたりするものじゃないかと思っていたのだけど、この映画に関していえば私が知る限りそういうことはなく本当のお話だ。でも私が実際見ていた生の赤崎家(*3)の光景とはどこか色調が違う。
薄膜をすうっと一枚剥いだような、鮮明な映像。光。光。
外でのシーンは太陽の明るさいっぱいで、夜とおぼしき室内の場面はオレンジ色がかっている。



おかしくて笑ってしまった後、はっとした場面があった。
そのおこづかい事件で、ちーちゃんと母・久美は取っ組み合いになり、じりじり追い詰められ、ちーちゃんピンチ。そこで彼女は、「カズ!」とこっちに向かって応援を求めたのだ。
あはは、そんなのあり〜?!
そしてその後、えっ?と思った。スクリーンを観ている私たちに助けを求めるの図だけど、ちーちゃんが話しかけたのは撮影中のお兄さん。カメラを向けているのはカズくんだった、そんな当たり前のことに思い至った。
そして気づいた、この瑞々しい映像を見せてくれているのは監督だということに。
カメラを覗いている人の世界が、そのまま観客に映し出されるのですね、映画というものは。
りんごが落ちるのを見て万有引力を発見したかのように、私はこのシーンでこの事実を知ったのだ。

私が見たことのない、キラキラ目を輝かせたちーちゃんの笑顔。母・久美は至って自然体(口は「へ」の字じゃないし)。家族に見せる表情だからだ。母と息子の会話シーンは三脚撮影だろうか。



しかし何に一番驚いたかといって、監督・カズ氏がフィルムの中であんなふうにペラペラしゃべっているのを目撃したこと。私が知っている彼は、家に上がりこんでくる母親の友人(=私です)に、嫌な顔見せずにこにこ、長い手足を折りたたんで一緒に食卓につく、優しそうで寡黙な若者。自分たちがおしゃべりに忙しかったのもあるけど、あまり監督の声は聞く機会がなく‥。その彼がこんなに豊かで澄んだ世界を醸造させていたとは。


‥と、この作品を語り始めると、どうしても個人的な感想になるのだけど、映画自体も非常にパーソナルなものだ。もともとは卒業制作作品なので、観客対象としては自分の周りの人を想定していたと思う。
でも身近な人に伝えたいと思うものが、実は普遍性を持ち広く人の心に訴えたりもするのだ。


この映画でよかったなと思ったのは、ほわんとしたユーモアの余白を随所に残してくれたこと。それと、思いを突っ走らせるのでなく抑制をきかせているところ。
その裏側で、どんなに悩み葛藤し、怒りを呑み込もうとのたうち回ったかはわからない。
でも、ところどころにある、ほほえみたくなるシーンに観る者は救われるのだと思う。


作品は、今年10月上旬に行なわれた山形国際ドキュメンタリー映画祭でも上映されたという。
そして10月29日から、東京・横浜で劇場公開され、その後札幌、大阪、京都と続き、来年1月には福岡で上映予定。

また観ると思う。


[注:(*1)〜(*3)の「赤崎」さんの「崎」の字は、正しくは、旁の上部は「大」ではなく、鍋蓋に縦線2本です。どうやっても正しく表記できませんでしたので申し訳ありません]