あゆみ

残暑お見舞い申し上げます。
今年〜2012年〜観た舞台の感想をアップしていきます。



『あゆみ』    あゆみ 完全版 DVD付
Presented by ままごと
作・演出:柴 幸男
日時:2012年4月19日(木) 19時30分〜
場所:イムズホール
[第6回福岡演劇フェスティバル 参加作品]



〜歩き続けて演じる“女の一生”〜



会場に入ると広い空間が広がっている。下はカーペット敷きか。そのスペースを間に挟んで、こっち側とあっち側に客席が階段式に設けられている。それぞれ100人くらいずつの席数だろうか。
開演時間が近づいてくると、いつの間にか、その対面式の客席に挟まれた舞台となるべきスペースに、若い女性たちが現われている。談笑したりストレッチしたり。総勢8名。大体カジュアルな重ね着といった出立ちだが、服装に統一感はなく、観客の一人がそこに紛れこんでも区別はつかなそうだ。

場内の照明が落ち、真ん中の空間だけ明るくなり彼女たちが円になった。
「足、足、足、足」と声をそろえて言う。そこから8人の女性たちは世界を紡ぎ始めた。


赤子がよろよろ立ち上がり、“初めの一歩”を踏み出す。
幼子が欲しいものをしつこく母親におねだりをする。
小学校時代のチクリと胸が痛む出来事、思春期の片想い‥etc.
あるひとりの女性(中野あっちゃん)の人生が描かれていくが、演じ手がくるくる変わって面白い。


というのは、役者たちは、演じている時は原則的に歩いて移動しているので、舞台となっているスペースからはみ出ると、別の役者が同じ役の続きを演じていく仕掛けだから。

たとえば、子どもが「買って、買って」とお母さんの後を右から左に追っていく。その姿が消えると今度は別の役者が母・子ども役となって前方からこちら側に、「買って、買って」「ダメ」と言いながら歩いてくる。その姿が消え、次は左側から‥という具合だ。
髪型、洋服、体型とも共通性がない出演者たちだが、役がころころ変わっても不思議に混乱はない。フォーメーションなど、緻密で凝っているはずだけど、そうは感じさせず、自然で流れるように進んでいく。


やがてあっちゃんは成長し、社会人を経て結婚、出産、そして迎える老い。そして、その先には‥。
母となった彼女は、娘と「買って、買って」「ダメ」攻防を繰り広げたりする。母と娘のループ。


大道具も小道具もない。けれど、学校の帰り道の場面、家を出て知らない街で一人暮らしを始める場面、列車の中、同僚と海でデートする場面‥etc.それぞれそれらしい背景が目に浮かんでくる気がする。
あ、いや、小道具はあった。8人の演じ手たちがお揃いで履いている赤茶色の靴。ベルトがついていて洒落ているが、本やリンゴを手に持つシーンでは、その靴が小道具として使われていた。目を凝らして見ると、小道具が使われている時は誰かが裸足だった。


セリフは時折、詩のようで、そんな時は全員の“群読”風になる。


こんな風に、実験的な試みに溢れた演劇で、それでいてシンプルに伝わってくる舞台だった。
繊細さとユーモアも感じられた。けど、何より不思議なのは観劇後におそわれたせつなさ、哀しさ、泣きたいような気持ち。

照明が暗めだったせいか、繭の中というか胎内というか、閉じた空間で人の一生を経験した感覚。私は金子みすずの詩を読むと、はっとさせられたり、深いところへ連れていかれそうに感じたりするのだけれど、その時の感触に似ている。足元から揺れていきそうな。


斬新で前衛的な手法だが、そのことよりも情緒や感情に強く訴える力があるところに、やられた、と思った。要注意。
作・演出の柴幸男は、劇団「ままごと」の主宰者。演劇界でも私の周囲でも評判が高いので一度観てみたいと思っていた。そして今回初めて観た。“観た”というより“体験した”。


小学校時代、あっちゃんに待ちぼうけを喰わされる友人を演じた女優さんが(この役は一人の役者のみが演じた)ちょっと可愛いかんじで、知り合いにも似ていたので、注目して見てしまった。