龍馬伝〜〜その4

龍馬伝』 NHK総合 日曜・夜8時〜8時45分


〜ここではないどこかの、セピア色の一ページ〜



龍馬暗殺のカウントダウンが随分前から始まっている。毎回最後に「龍馬暗殺まであと○ヶ月」とナレーションが入る。そのせいではないと思うが、いつからか、どことなくドラマに懐古調の線が一本入ったような気がする。相変わらず迫力満点の展開なのに、である。“懐古調”というよりは、今こうやって大立回りを演じているこの御仁もやがては息絶え、全てが歴史になっていく‥というような前提というか。セピア色へ向かって秒読み体勢なのである。

龍馬にそんな見えない薄皮が一枚まとわりつく以前は、ただの歴史物とは思えない臨場感がこのドラマの要だったように思う。


「いろは丸事件」から「映像流出事件」へ(第42回「いろは丸事件」 2010年10月17日放送)


龍馬らぁの(標準語訳:龍馬たちの)つくった“亀山社中”は、ふと気づけば“海援隊”になっていた。亀山社中は、貿易商社とか、日本初の会社組織などと言われているらしいが、ドラマでは金もうけはサムライとしてどうか、という内輪もめまであり、ならば非営利団体NPO法人なのか。そのあたりの定義は今の感覚ではできないだろうけど、とにかくその亀山社中改め海援隊が船を調達し海運事業を始めた。薩長を結びつけたり、起業したり、徳川の体制側に目をつけられていた存在だった。

だが「いろは丸」は、初仕事で長崎から積荷を載せ大阪へ向かう途中で船舶同士の衝突事故で、沈没。
相手の船は徳川御三家紀州藩の明光丸。乗組員は全員無事だが、賠償問題で談判となる。

龍馬らぁのいろは丸は、明光丸の方が衝突してきた、しかも2度にわたり、と主張。しかし紀州藩側は巧みに論をはぐらかす。あとはおカミのお裁きをとなると、いろは丸、圧倒的不利‥


そんな最中、何者かによって、衝突の映像がYouTubeに流される。
幕府も京の都も上へ下への大騒ぎ。
動画流出“犯人”はいろは丸側の一人。“犯行の動機”は“日本の海で起こっている出来事を一人でも多くの人に知ってもらい‥‥云々”


‥と、ふぅっと現実世界と織り交ぜ妄想が浮かんだりする。
この放送がこの時期にあったのは、偶然とはいえ皮肉なタイミングだ。
尖閣諸島付近での衝突事件など、撮影時には予測されてなかったはず。

時代、場所、固有名詞を何かに入れ替えてみたら‥(ワールドミュージック風の音楽はそのままにしておいて)‥いつの時代かの、ここではないどこかの国の、歴史の一ページにでも出てきそうだ。

このドラマを見ていてそういう思いに駆られることはたびたびあった。


池田屋事件 (第23回「池田屋に、走れ」 2010年6月6日放送)


4ヶ月さかのぼって6月の放映。 
歴史上は、いろは丸事件から3年さかのぼって文久3年(1864年)、都から一掃されたはずの攘夷派の残党がまだ京都にくすぶっていた。攘夷を諦めていない長州藩士たちがことを起こすべく密かに池田屋に集結し、一同は桂小五郎谷原章介)の到着を待っていた。‥ガタコト。戸が開く音。「あっ、小五郎さんだ」何人かが迎えに走る。‥‥ガラガラガラ。玄関から大きな音。不穏。

そこで、シーンが切り替わる。必死に走る坂本龍馬福山雅治)。神戸海軍操練所を飛び出し池田屋での行動に加わった仲間、望月亀弥太音尾琢真)を呼び戻すために京に来ていたのだ。
画面から音が消える。混乱する人々をかき分け友を探す龍馬。不安が増幅する。
そして、音が戻り、龍馬は道端で息をひきとる寸前の血みどろの仲間と対面し、カメラは死屍累々の池田屋と、肩で風を切って帰って行く新撰組を写す。彼らの着物には返り血が。


襲撃のシーンは全く描かずに事の次第を雄弁に物語っていた。
世界のどこかで、こういう事件が今も起こっているかもしれない、そんな気がした。

もっとも翌週(6/13)の冒頭部で、この時の空白部分、新撰組による池田屋襲撃そのものの場面が放映されたのだが。一週間後に箱の中身が明かされ全貌が露わになるというしかけだった。
(これはこれで粋だが、個人的には全てを映さないままの方が好みだった)


龍馬はどこへ


舞台が長崎にうつりドラマが第3部に入った時(7/18)、岩崎弥太郎香川照之)のナレーションは、こう言った。「龍馬はすっかり人が変わってしまったがじゃ。」

だけど、見るところあまり変わらなかった。福山龍馬は初めから最後までああいうかんじだった。ひとつの所にはとどまっていられず何をしでかすかわからない“不思議くん”。
長崎の大物商人・小曽根乾堂(本田博太郎)曰く 「あんお方は、やわらかか頭の持っとらす。」
やはり大物の女商人・大浦慶(余貴美子)曰く「こんな垣根のないお侍さんは初めて」

ただ後半になるにつれ、龍馬が口にする秘策、信念が、龍馬の龍馬による龍馬のためのもの、という傾向になってしまったように思う。龍馬が手柄をおさめ、弥太郎が悔しがる。その繰り返し。地団太を踏む弥太郎、その炸裂ぶりを見るのは楽しみだったけれども。

 “大政奉還!” “船中八策!”と、立候補者の選挙公約のように次々に繰り出される。‥そこから先は果たされない約束となる。最後の一ページまであつい熱を帯びている。