龍馬伝 〜その5

龍馬伝』 NHK総合 2010年 日曜・夜8時〜8時45分



岩崎弥太郎篇‥‥最後まで目が離せんかったがじゃ〜



2010年末、恒例大河ドラマ総集編が放映された(12月29日、30日)。全48回が4時間のダイジェストになるのだから、割愛シーンのオンパレードになるのは致し方ないとしても、あの場面はもう一度見たかった。岩崎弥太郎香川照之)江戸から土佐までの爆走シーン。(第8回「弥太郎の涙」2010年2月21日放送)
 
土佐の地下浪人・弥太郎。着物はボロボロ、顔も歯も黒くて、髪もぼっさぼっさ。いつも埃まみれで鳥籠を担いで売り歩く彼は、学問で身を立てたいと野望に身を焦がす。江戸を目指すが、偽手形で強行突破失敗。だが、ようやく晴れて正式に江戸で学問修行の日々を送っていた矢先、父親がけがで倒れたという一報。心は江戸にある。でも帰らねば。身を二つに裂かれる思いで砂利道を必死の形相で叫びながら走る。走る。
うおぉ〜〜」と疾風怒涛。そして困り顔。あのシーン。


‥‥大河ドラマが終わって1カ月たっている。
もう龍馬(福山雅治)も暗殺されて、この世からいなくなった。
でも余震は続いている。
だから勝手に“弥太郎名場面集”‥‥


そう、毎回待っていた。
“ぷおぅぉおおぅぉおお〜ん”とラッパの音。
“た〜ら〜らら〜 たら た〜らららら〜” 場末のサーカスで流れるような、「オールド・ブラック・ジョー」(フォスター)を短調にしたような、そして、チンドン屋の風味もあるあのテーマ曲が聞こえてきたら。
 今夜もやって来た、我らが弥太郎。


身分が低く貧しい身の上から、後に三菱財閥の創業者となる大実業家へ這い上がる。
ドラマ上では、龍馬の幼馴染みであり、のびのび自由闊達な龍馬に引け目・嫉妬・愛憎入り交じる屈折したものを抱いている。同時に物語の語り手・進行役でもある。

香川弥太郎の魅力は、台詞を上回るほど雄弁なその表情、いつもの困り顔、弾ける演技から一転し落ち着いたナレーションだ。



目は口ほどにものをいい



言葉と裏腹な表情を見せる場面で印象に残っているのは以前にも触れた “弥太郎、半平太の肩を揺り動かすの巻”(第21回「故郷の友よ」 2010年5月23日放送)の1シーン。http://d.hatena.ne.jp/chihiroro77/20100805/1281021620

侍でありながら、商売を始めた弥太郎。攘夷の夢破れ故郷土佐に戻り道端でぼんやりしていた武市半平太大森南朋)とばったり出会う。
半平太 「弥太郎、なんで材木を引きゆう?」
弥太郎 「材木で商売をしゆうがじゃ」
半平太「おまん、女房は気立てがいいらしいのぅ。はよう子ぉを作りや。」

仲がいいとはいえない幼馴染み二人の腹を探り合うような挨拶だが、最後には弥太郎は半平太の肩をつかむ。彼が慕う城主は半平太が思うような人物ではない。それより自分の好きなように生きよと。プルプルプル。半平太は頭を振り続けた。まるで校舎裏でラブレターを渡され激しく拒む純情な高校生のように。プルプルプル。その場を立ち去る武市に弥太郎は叫ぶ。
「おまえなんかもう知るかい!」
しかし、目は違う。表情は違う。思いやるような、哀れむような。怒声とはあまりにかけ離れた顔つき。

コミュニケーション上で、言葉の果たす役割はほんの何割かに過ぎず、実は身振り手振りや表情が大きな役目を担っている。以前耳にしたそんな話を思い出した。


この後、投獄された半平太の留守宅に弥太郎はやって来る。(第23回「池田屋に走れ」2010年6月6日放送) 
「どこかこわれているところはないかの。」 材木を売りつけに来たのでは、と半平太の妻・冨(奥貫薫)と龍馬の姉・乙女(寺島しのぶ)は警戒。
ところが「しょうがない。ただで(普請を)やるか。‥心配しとるわけやない。」と憎たらしいセリフ。そして牢屋から届いた“旦那さん”の手紙を読む冨を、弥太郎は泣きそうな顔で見守っていた。


物語が長崎に移り、弥太郎も出世していくにつれ身なりも整い、上は西洋風の背広に下は袴という姿がさまになっていった。ただ、行動は直情的になり、龍馬へのライバル心むき出し。土佐の頃の“言動不一致”がもう少し見たかった。後半の炸裂ぶりも面白かったけれど。



ピカ一の困り顔


「わしはどいたらいいがぜよ〜??」 弥太郎絶叫。
(第26回「西郷吉之助」 2010年6月27日放送)
獄中の武市半平太から弥太郎は毒団子を預かる。過酷な拷問を受けている岡田以蔵佐藤健)に食べさせて楽にしてやってほしいと。弥太郎の手はわなわな震える。

このことが家族に知れてしまう。
若く明るい妻・喜勢(マイコ)は「だめ。人殺し」
それに対し、“おとやん”弥次郎(蟹江敬三)は「食わしちゃれ。」
武市さんの気持ちがわかったからこそ預かったのだろう、と。(このおとやんは、飲んだくれたり賭けですったりだが、ここぞという時には、はっきり筋を通す。) 
弥太郎は困り果てる以外、道はなし。

貧乏のどん底で、けなし合いつつ身を寄せ支え合っている岩崎一家。どこか力が抜けていてユーモア漂う。弥太郎のテーマ曲が聞こえてきたら、岩崎家のシーンもあるか?!と期待していたものだ。



龍馬を妬むもう一人・・後藤象二郎


弥太郎を必ず困り顔にさせてしまう人物と言えば。
土佐藩士・後藤象二郎青木崇高)。
何かにつけて弥太郎に無理難題を吹っ掛ける。脱藩した龍馬を探し出せだの。土佐中の楠を数えろだの。(第31回「西郷はまだか」2010年8月1日放送) 材木の商売が軌道に乗った弥太郎は家を新築する。子どもも生まれ大所帯で、以前からは考えられないシアワセが。そこへ“後藤さま”が、ずかずか新居に上がり込んで来る。ははぁ〜。ひれ伏す弥太郎。楠を数えろと言われ、困った顔でつくり笑いの弥太郎。家族全員襖の向こうで聞き耳をたてている、その様子がおかしい。

“後藤さま”はドラマ一年を通して大きく変貌した人物だ。初めはセンの細いぼんぼんだった。叔父の吉田東洋田中泯)が下士の龍馬をひいきするのを嫉妬。東洋の暗殺後は、実行犯・土佐勤王党をヒステリックに弾圧。そんな青二才が気づいたら堂々、藩主の信頼を得たふてぶてしいお侍さんに。もみあげをたくわえ、顎まわりの肉付きもよく、恰幅もいい。(実際、俳優自身が増量したらしい。)


結局、弥太郎は後藤さまに取り立てられ、長崎で土佐藩の仕事を担うことになる。後藤象二郎自身も混乱の時代に藩の生き残りを賭けて、かつては恨みを持っていた龍馬と手を結ぶ。
第40回「清風亭の対決」(2010年10月3日放送)では、“後藤さま”の貫録ぶりが目をひいた。「大政奉還」などという“突飛な”ことを龍馬に持ちかけられ、ぎょっと目を見開く。だが瞬時に時流の趨勢に頭を廻らせて、 “下士”の説くことに同意したのだ。にやり、と表情を緩めて。龍馬が求めた“シェークハンド”にも、2,3拍おいて余裕で応じる。

妬ましかったがですっ」 叔父の東洋に気に入られ、脱藩者ながら薩長を結びつけ世の中を動かす働きをする。そんな坂本龍馬が自分は妬ましかった。藩主・山内容堂近藤正臣)に思わず吐露する場面がある。(第46回「土佐の大勝負」2010年11月14日放送) 大きい目にいっぱい泪をためてぐぐっと何かをこらえて。

ひとりの人間の内面の大きなうねり・成長を、青年から壮年への風貌の変化まで体現し表現した演技は並々ならぬ迫力だった。(総集編では、“後藤さま”役の俳優・青木崇高が土佐を旅していた。温和で感受性の強い青年のように見受けられた。)


時代の変わり目で


後藤象二郎に抜擢され、弥太郎は長崎で異国相手の商売をするという土佐藩の仕事を任される。
長崎へ向かう船上で感涙にむせぶ。
「わしが‥‥長崎で‥藩の‥土佐藩の商売を‥うぅっ」拝む仕草。嬉しくて困り顔。(第38回「霧島の誓い」2010年9月19日放送)

そして、いつもの低く通る声での彼のナレーション。
「にっぽんという国が生き残るがか、ここで滅びるがか、この時はまだ誰っちゃあわからんかったがじゃ。」

けんど、この時生きちょった多くの人間が、当たり前の幸せをねごうちょった。にっぽんという国が永遠に続くとみんなねごうちょったがじゃ。」


幕末からいえば“未来”である平成の現在に、こうやって平和に生きているのがSF的の奇跡のようにも思えてくる。