組曲虐殺

もともと速報性のない、この観劇ブログ。

それに加えて、舞台上演がまだ以前のように戻らず、したがって、最近は鑑賞も叶わず‥。

 

過去に観たものを、順不同ですが、時々アップしていきます。

去年の11月の舞台 ↓

 

 

組曲虐殺』

 

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作:井上ひさし

演出:栗山民也

音楽・演奏:小曽根真

 

出演:井上芳雄上白石萌音、神野三鈴、土屋佑壱、山本龍二高畑淳子

 

日時:2019年11月1日(金) 12時〜
会場:博多座

 

 

小林多喜二のものがたり~

 

 

井上ひさしの音楽劇だ。音楽劇というのは、正確な定義はわからないが、ミュージカルほど歌は多くないけど、歌も入るお芝居、というかんじ‥でしょうか。

 

初演は10年ほど前で、今回3度目の公演となる作品だそう。

 

「むずかしいことをやさしく、やさしいことをふかく、ふかいことをおもしろく、‥(略)‥」

井上ひさしが、繰り返して口にしていたと伝えられる言葉。

 

小林多喜二の短い生涯という重いテーマ。だが、目を逸らしてはいけないテーマ。そんなものも井上ひさしの舞台を通してなら向き合うことができるにちがいない。‥と、観劇前は、やり残しの宿題を抱えていたような心持ちも若干あった。

が。

観終わったら。

あの重苦しい話を、よくあそこまでユーモアにまぶして、と思うほどの物語が舞台上で繰り広げられていた。

見入って、聴いて、笑って。知って、考えさせられて‥。

 

セットは、シーンによっては実際にあるような応接間や離れで、その昭和初期の日本家屋のたたずまいに親近感を持った。取調室は机のみ、独房もシンプルで、刑務所がらみは抽象的なセットだった。(美術:伊藤雅子

 

舞台左上の空間にはピアニストがいて、音楽を奏でている。ジャズピアニストの小曽根真。が、音楽はジャズではなく、日本風なメロディ。

 

ここでの小林多喜二は、眼光鋭い活動家ではなく、生真面目で実直な青年。井上芳雄が、すらりとした立ち姿で、このまっすぐな青年を演じる。歌も、歌詞がはっきり滑らかで心に届く。「ミュージカル界のプリンス」と言われる彼だが、このような朴訥で不器用な役柄が不思議と合っている。切なくなるような個性が滲み出るというか。優しい性格だが芯は曲げないプロレタリア作家の姿を嫌みなく誠実に演じていた。

 

輝いていたのは、多喜二の妻・伊藤ふじ子役の神野三鈴。ふじ子は、多喜二の小説の熱心な読者で、プロレタリア劇団の俳優だったが、活動家として多喜二と行動を共にし、多喜二を匿い、サポートする。演じる神野三鈴は、よく通る声で、凛としていて、チャーミングでユーモラスだった。

 

劇団公演が「アカのお芝居」と目をつけられ、開幕寸前に警視庁から「台詞禁止」を喰らったというエピソード。それでも幕は開き、その様子をふじ子が、多喜二の姉・チマと多喜二の恋人・瀧子の前で再現する場面。台詞なしで身ぶり手ぶりだけのパントマイムともいえないような奇妙な演技は、滑稽味あふれていた。

 

描かれていたのは、昭和五年(1930)五月下旬から昭和八年(1933)二月下旬までの二年九ヶ月間。「蟹工船」を発表し、世間の注目を集めていた小林多喜二は、当局からマークされる。逮捕、釈放、逮捕、釈放、逮捕‥の繰り返しの後、拷問を受け死に至るという悲劇的結末を迎える。それを、この舞台は無残な事実を生々しく伝えるのではなく、特高刑事二人を含め、周りの人々との繋がりの中で、多喜二がどう生きたか、表現活動の源は何だったのか、そういったことにまで観客が思いを馳せるような物語として見せた。

 

二人の特高刑事は、腕利きの筈ではあるのだが‥。味があった。ベテラン刑事・古橋鉄雄(山本龍二)。強面で一見凄味があるのだが、見張りのために多喜二の家に下宿するあたりから、強面でありつつ調子が変わった。彼の部下の刑事・山本正(土屋佑壱)もそのあたりから振幅を見せて、ちょっとおかしかった。

 

多喜二の部屋に、妻、姉、恋人、特高二人(つまり出演者全員)が揃い、「蟇口(がまぐち)ソング」を歌う場面がある。がま口財布に「何銭」入っているだろう‥?と、少ない所持金の心許なさを、それぞれがユーモラスに歌っているのだが、深刻に訴えるわけではなく却って胸がちくちくした。

彼らの時代から90年余りたった現在。社会システムの骨組み自体はがらっと変わったとはいえない中で、彼らのことを同志と思えばいいのか。が一方、歴史上彼らが重ねた苦闘があり、おかげで現在の私たちはより豊かな生活を享受できていると思うと申し訳なく‥。自分の立ち位置がわからなくなった。

 

「許嫁と奥さんのちょうど真ん中」という曖昧な立場の多喜二の恋人(?‥と位置付けられている)田口瀧子。不幸な境遇から多喜二に助けられ、美容師として自立を目指す女性。つらい過去がある影の部分は前面に押し出されていなかったが、上白石萌音が可憐にけなげに演じていた。

 

しゃきしゃき快活な多喜二の姉、佐藤チマを演じたのは高畑淳子。達者で湿っぽくなかったのが、よかったと思った。

 

多喜二の胸でカタカタ音をたてているという映写機や、終盤、自然発生的に生まれた“おしくらまんじゅう”に舞台上の詩情を感じた。

 

井上ひさしの評伝ものと言われるものは、今まで映像でしか観たことがなかった。(林芙美子の評伝「太鼓たたいて笛ふいて」、チェーホフの評伝「ロマンス」)それらの作品もよかったが、やはり生の舞台は量感が違う、そう思った。