CHESS in Concert セカンド・バージョン

時折、人間とコンピュータが将棋で対決しているのをニュースで見たりする昨今ですが、これはチェスの話。人間vs.人間。
昨年末に観た舞台です。




『CHESS in Concert セカンド・バージョン』



作曲:ベニー・アンダーソン/ビョルン・ウルヴァース   原案・作詞:ティム・ライス
演出・訳詞:荻田浩一    音楽監督:島 健
出演:安蘭けい石井一孝中川晃教、マテ・カマラス
   AKANE LIV、戸井勝海、池谷京子、角川裕明、田村雄一、ひのあらた、横関咲栄 / 大野幸人
日時:2013年12月22日(日) 13時〜
会場:梅田芸術劇場メインホール(大阪)





〜人生と政治のゲームに翻弄される 男たち女たち〜 



『CHESS』というのは、チラシやパンフによると、伝説のミュージカルだということだ。そのコンサート版。日本で好評だった2012年の初演を受けての再演。 ‘12年版を見逃したので、今回こそはと思い、出かけた。

冷戦時、アメリカとソ連、それぞれの国の威信をかけてチェスの世界大会で闘う二人の男。彼らを取り巻く力関係や駆け引き、愛憎‥というような話。私は“チェス”のルールをほとんど知らないしやったこともない(因みに自慢じゃないが将棋とも無縁)。まして、この“西洋将棋”に世界規模の大会があったなんて想像したこともなかった。観劇前の予備知識はゼロ。

そして、観終わったあとは。テーマは重く硬く、息詰まる展開で、ラストも、“え?そんな‥”というかんじなのに、なぜか清々しい気持ちにさえなった。混じり気がなく純度が高いというか、透徹した舞台というか。
出演者たちの美しい歌唱の負うところも大きいと思う。

この舞台、ミュージカルそのものではなく「コンサート版」なのだが、セリフもあるし、ストーリーもある。私の目から見たら、限りなくミュージカルに近いものだった。出演者たちが片手にマイクを持って歌っている姿は、コンサートっぽくはあったけれど。

ステージ上、左半分は白っぽい台で(遠くから見たらディスコにあるような台)、右側にも台がありこちらは上部が真っ赤。真ん中にテーブルがあり、ここでチェスのゲームが繰り広げられる(このテーブルがあったのは一幕目のみで、二幕目はなかった)。これらの後ろにオーケストラが控えている。
天井からは、斜めの格子模様の飾りが、左右にあって、これは可動式だった。チェス盤をモチーフにした模様だ。(美術:二村周作)



刺激的で充実の出演陣



主な登場人物は、世界チャンピオン・アメリカ合衆国のフレディ(中川晃教)、彼の対戦相手、ソビエトのアナトリー(石井一孝)。フレディのセコンド(選手のアシスタント)はフローレンス(安蘭けい)。アナトリーの妻・スヴェトラーナ(AKANE LIV)。チェスの審判(アービター)役を演じるのはマテ・カマラス。彼は舞台の狂言回し的存在でもある。


フレディはチェスの天才だが、エキセントリックな性格。彼のセコンドであり恋人でもあるフローレンスを振り回してしまう。ハンガリー出身のフローレンスは、幼い頃のハンガリー動乱で家族と離れ離れになっている。チェス世界大会にはマスメディアも押しかける。アメリカ・テレビ業界のウォルター(戸井勝海)は実は政府の手先だ。世間の注目を浴びるフレディは感情をコントロールできない。試合も放棄してしまう。そんな彼に距離を感じ始めたフローレンスは、敵であるアナトリーと惹かれ合うようになる。アナトリーには故郷に妻子がいるのに。複雑な政治状況の中、人間関係も一筋縄ではいかなくなり、そして一年後、また世界大会の日がやってくる‥。

話だけ聞くとドロドロの印象だが、舞台の雰囲気はそうではなく、洗練されていて透明感さえある。
舞台装置はすっきりしていて、出演者陣の演技や立居振舞もシャープだ。
そして何より楽曲がよく、それぞれの個性が活きている歌いっぷりがいい。


中川晃教のフレディ。激情を押さえられず、本能のまま振る舞う天才。彼に、こういう熱量が高く、感情の起伏が激しい役をやらせると、エネルギーにターボがかかり爆発寸前と爆発を何度も行き来する。
圧巻だったのは「Pity the Child」という曲。幸せではない彼の生い立ちが歌われる。父の家出、その後母親が一人奮闘するがすぐに新しい男を連れてきて、彼は孤独に追いやられる。そんな時に覚えたチェスが彼の武器になっていくのだ。凄まじい半生がこの一曲に込められていて、すごいダイナミクスで伝わってくる。小さい声からフォルテッシモの声へ。カーテンコールの時に、歌唱指導の先生からボールを投げるように歌う、そういうことを習ったという話が紹介されたが、正に広い会場の最後列までボーンと張りのある声が投げられた、そんな瞬間があり、心が震えた。

2幕目の冒頭の「One Night in Banngkok」は、アップテンポでリズミカルな英語の歌。タイトな歌唱でフレディ・中川の雰囲気に合っていた。


恋人フレディ(中川晃教)について行けず、あろうことか敵対関係にあるアナトリー(石井一孝)と恋に落ちるフローレンスだが、いやなかんじはしなかった。演じた安蘭けいのスコーンと突き抜けたかんじの凛としたたたずまいのせいだろうか。安蘭けいは初めて観たが、歌声は高音がきれいで、そこからファルセットにいくのも自然。滑らかで強い。1幕目の、白いラインがアクセントの濃紺のパンツスーツも、2幕目の黒いベルトに白いドレスも両方似合っていて、苛酷な運命でありながら芯が強さを見せる女性・フローレンスにぴったり。美しいけれど「いよっ!男前!」‥そういいたくなる。(そういえば、彼女は宝塚・男役トップスター出身だった)

アナトリーの石井一孝は、優しくて丸みのあるテノール。そして力強い。大人の魅力で、フローレンスがなびいてしまうのも納得。

そんな彼と、彼の妻・スヴェトラーナ役のAKANE Livとのデュエットは、二人の声の親和性があるというか、魅力があった。AKANE Livを観たのはロック・オペラ・モーツァルトに続いて2回目(このミュージカルには中川晃教もタイトル・ロールとして出演)。まろやかなアルトが好きだったけど、今回もよかった。彼女は妻・スヴェトラーナの登場場面のない1幕目はアンサンブルとして出演していた。そのアンサンブルは厚みがありとってもきれいだった。(もちろん2幕目も素敵なアンサンブルだったけど。)

ロック・オペラ・モーツァルトに出演していた人がもう一人いる。ダンサー・大野幸人。チェスの精。時々現われてものすごくキレのあるダンスを披露する。四角い額縁のようなものを持って、チェスのゲームに絡むシーンが印象的だった。



またの再演は‥?



楽曲は、アバの曲と聞いていたが、知っている歌は一曲もなかった。それもそのはずで、パンフレットを読むと、アバのメンバーがこのミュージカルのために改めて作ったということらしい。「マンマ・ミーア」方式ではなかったのだ。しかしどの曲も、アバのポップで親しみやすい曲とは全然違っていた。「難曲ばかり。」出演者たちはインタビューやカーテンコールでも口を揃えて話していた。だが、聴いている分には「難しい」というかんじはせず、すんなり耳に入ってくる。言葉の流れのように自然にメロディをのせようとすればするほど、楽譜上または歌う側としては難しくなるんだろうか。そんなことを思った。


コンサート版でなく、ミュージカルそのものの『CHESS』の上演を望む声もある。
だが、コンサート版でこれだけ完成度が高いものを観てしまうと、オリジナルであるはずのミュージカル版を観るのが恐いような。
そう思ってしまうのは皮肉なことだけれど、それほどの素晴らしい舞台だったのだ。